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関帝誕

  • 2005/07/29(金) 01:11:01

本日(これをうpする頃にはたぶん昨日)は旧暦6月24日三界伏魔大帝神威遠震天尊関聖帝君こと関羽の誕生日です。

ざっと説明しますと、関羽とは1800年前、後漢末期~三国時代の中国で活躍した武将で姓は関、名前は羽、字(あざな)は長生、後に雲長といいます。
劉備玄徳、張飛翼徳(正史では益徳)の3人と義兄弟の契りを結んだでおり、非常に義を重んじる忠臣で知られています。

関羽についてはこんな本が出ております。

4106005956関羽伝
今泉 恂之介
新潮社 2000-11

by G-Tools

近日中に届く予定で非常に楽しみです(が、同様に近日届く予定の戦国BASARAの方がもっと楽しみだなんて口が裂けても言いません)

で、この関羽さんですが、中国各地に伝わる伝説や、後の明代に羅貫中によって記された『三国志演義』という三国時代を題材とした小説では、劉備一党はスーパーヒーロとして描かれており、特に関羽は生前の活躍もさることながら、関羽が死んだ直後に彼をを討った武将が体中の穴から血を吹き出して死んだり、劉備の最大の敵である曹操が関羽の祟りをおそれたあげくぽっくりいっちゃったり、生き残った息子たちの夢枕に現れたりと文字通り鬼神のごとき活躍を致します。
まちがってもそれっておもくそ祟り神じゃんというつっこみはしてはいけません。
ちなみにこの三国志演義、ふんだんにフィクションを織り込んだ歴史小説であるにもかかわらず後の中国に絶大な影響を及ぼしまして、今でも三国時代の史実はこの演義に則っていると信じている人が少なからずいるそうです

言い伝えによると関羽は兵卒や民草に優しかったそうで昔から民衆には人気があったらしく各地に伝承などなども多々残っており、民衆から土着神として信仰対象とされていました。
一方で志半ばにして無念の討ち死にをしている上に関羽をかわぎりに有名武将が立て続けに死んでいるので、もしかしたら平将門のような祟り神とされていた可能性もあります。

それが唐代あたりから歴代皇帝によって公式に神格化され、明代においては演義の影響もあってかその傾向は加速し、清朝の頃に冒頭のクソ長ったらしい壮大な称号を送られるまでとなりました。
ちなみに三界伏魔大帝神威遠震天尊関聖帝君では長すぎるので関聖帝君とか関帝などと省略されることが多いようです。

また、関羽の生地である河東郡解県は塩の産地で、塩を扱う商人達の間で、関羽は義理堅い→義理は信用につながる→商売に信用は大事だよということで財神として祀られるようになったそうです。
武将なのに商売の神様というのもなかなか興味深い話ですな。

その後全世界に渡った華僑たちにより関羽を祀る関帝廟が全世界津々浦々にたてられるようになりました。
日本では横浜中華街の関帝廟が有名ですな。
関帝廟に祀られている関羽の像は概ねこんな感じ。
(画像は大阪天王寺区の清寿院の中にある関帝廟。クリックすると拡大します)
大阪天王寺清寿院内関帝廟

顔や手足があり得ないくらい赤いですが、中国では赤は義の象徴とされ、その性質を顔色で表すために真っ赤な顔にされているそうです。

まあその辺の詳しい話はこの辺に載っていますので興味があったら色々覗いてみてください。
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